恒吉忠道
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- つねよし ただみち
- 恒吉忠道
- 陸軍少将従四位勲二等功四級
- 歩兵
- 士官生徒5 陸大3首席
- 愛媛県
- 文久1年6月7日 - 大正7年4月10日
経歴
文久1年6月7日 | 生 |
明治15年12月25日 | 任陸軍歩兵少尉 |
明治18年4月 | 陸軍大学校入学 |
明治20年12月10日 | 陸軍大学校卒業(第3期首席) |
明治35年5月5日 | 第10師団参謀長 |
明治36年3月21日 | 清国駐屯軍司令部附(上海駐在) |
明治37年6月7日 | 留守第8師団参謀長 |
明治37年7月10日 | 陸軍歩兵大佐 |
明治38年5月14日 | 歩兵第2聯隊長 |
明治40年11月13日 | 陸軍少将・歩兵第12旅団長 |
明治44年9月6日 | 予備役 |
大正7年4月10日 | 死去 |
栄典
明治25年4月1日 | 叙正七位[1] |
明治28年11月18日 | 明治二十七八年従軍記章[2] |
明治29年4月11日 | 勲六等単光旭日章 年金70円 (明治二十七八年戦役ノ功)[3] |
明治29年12月21日 | 叙従六位[4] |
明治35年5月31日 | 勲五等瑞宝章[5] |
明治36年3月9日 | 大清帝国二等第三双龍宝星[6] |
明治38年5月30日 | 勲四等瑞宝章[7] |
明治39年4月1日 | 功四級金鵄勲章(年金500円) 勲三等旭日中綬章 明治三十七八年従軍記章 |
明治41年12月1日 | 勲二等瑞宝章 賜金280円 (明治四十年四十一年韓国暴徒鎮圧事件ノ功)[8] |
明治42年8月31日 | 大韓帝国勲一等八卦章佩用允許[9] |
明治42年12月6日 | 大清帝国二等第一双龍宝星[10] |
大正1年8月1日 | 韓国併合記念章[11] |
大正4年11月10日 | 大礼記念章[12] |
出典
- 外山操『陸海軍将官人事総覧 (陸軍篇) 』(芙蓉書房、昭和56年)
- 陸軍予備役後備役将校同相当官服役停年名簿. 明治45年7月1日調
- 官報号外 明治39年12月6日(木曜日)
- 官報第1711号 大正7年4月19日(金曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 1.0 1.1 官報第2625号 明治25年4月2日(土曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 2.0 2.1 官報第3947号 明治29年8月24日(月曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 3.0 3.1 官報号外 明治29年4月23日(木曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 4.0 4.1 官報第4046号 明治29年12月22日(火曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 5.0 5.1 官報第5671号 明治35年6月2日(月曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 6.0 6.1 官報第5950号 明治36年5月6日(水曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 7.0 7.1 官報第6627号 明治38年8月2日(水曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 8.0 8.1 官報第7808号 明治42年7月6日(火曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 9.0 9.1 官報第7862号 明治42年9月7日(火曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 10.0 10.1 官報第7940号 明治42年12月10日(金曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 11.0 11.1 官報第248号 大正2年5月29日(木曜日)
- ↑ 以下の位置に戻る: 12.0 12.1 官報第1311号 大正5年12月14日(木曜日)