橋本三郎
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- はしもと さぶろう
- 橋本三郎
- 陸軍少将従四位勲三等功四級
- 歩兵
- 士官生徒6 陸大5
- 東京都
- 文久2年12月 - 大正2年8月25日
経歴
文久2年12月 | 生 |
明治16年12月25日 | 任陸軍歩兵少尉 |
明治20年1月31日 | 陸軍大学校入学 |
明治20年4月27日 | 任陸軍歩兵中尉[1] |
明治22年12月9日 | 陸軍大学校卒業(第5期) |
明治27年5月2日 | 任陸軍歩兵大尉[1] |
明治31年10月1日 | 任陸軍歩兵少佐[1] |
明治36年6月25日 | 任陸軍歩兵中佐[1] |
明治37年8月4日 | 留守第7師団参謀長 |
明治38年8月29日 | 任陸軍歩兵大佐[2] |
明治39年5月6日 | 歩兵第23聯隊長 |
明治43年8月20日 | 任陸軍少将 補歩兵第4旅団長[3] |
大正2年5月10日 | 予備被仰付[4] |
大正2年8月25日 | 卒去[5] |
栄典
明治22年11月29日 | 大日本帝国憲法発布記念章[6] |
明治28年11月18日 | 明治二十七八年従軍記章[7] |
明治28年12月20日 | 功五級金鵄勲章(年金300円) 勲六等瑞宝章[8] |
明治38年11月30日 | 勲四等瑞宝章[9] |
明治39年4月1日 | 功四級金鵄勲章 勲三等旭日中綬章 明治三十七八年従軍記章[10] |
明治41年12月1日 | 賜金280円 (明治四十年四十一年韓国暴徒鎮圧事件ノ功)[11] |
明治43年6月10日 | 大韓帝国皇帝陛下南西巡幸紀念章[12] |
明治43年8月28日 | 大韓帝国勲二等太極章[13] 大韓帝国勲二等八卦章[14] |
明治43年11月11日 | 叙正五位[15] |
大正1年8月1日 | 韓国併合記念章[16] |
大正2年7月21日 | 叙従四位(特旨)[17] |
出典
- 外山操『陸海軍将官人事総覧 (陸軍篇) 』(芙蓉書房、昭和56年)
- ↑ 以下の位置に戻る: 1.0 1.1 1.2 1.3 陸軍現役将校同相当官実役停年名簿. 明治36年7月1日調
- ↑ 官報第6651号 明治38年8月30日(水曜日)
- ↑ 官報第8151号 明治43年8月22日(月曜日)
- ↑ 官報第233号 大正2年5月12日(月曜日)
- ↑ 官報第329号 大正2年9月2日(火曜日)
- ↑ 官報号外 明治22年12月29日(日曜日)
- ↑ 官報第3849号 明治29年5月1日(金曜日)
- ↑ 官報第3749号 明治28年12月25日(水曜日)
- ↑ 官報第6728号 明治38年12月2日(土曜日)
- ↑ 官報号外 明治39年12月11日(火曜日)
- ↑ 官報第7808号 明治42年7月6日(火曜日)
- ↑ 官報第8103号 明治43年6月27日(月曜日)
- ↑ 官報第82808号 明治44年1月31日(火曜日)
- ↑ 官報第8405号 明治44年6月29日(木曜日)
- ↑ 官報第8219号 明治43年11月12日(土曜日)
- ↑ 官報第248号 大正2年5月29日(木曜日)
- ↑ 官報第294号 大正2年7月22日(火曜日)