小倉英季
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- おぐら ひですえ
- 小倉英季
- 陸軍大佐正三位勲三等功四級子爵
- 歩兵
- 士候6
- 東京府華族
- 明治5年11月5日 - 昭和4年10月22日
経歴
明治5年11月5日 | 生 |
明治28年2月1日 | 陸軍士官学校卒業(士候6) |
明治28年5月22日 | 任陸軍歩兵少尉 補歩兵第9聯隊附 |
明治40年11月13日 | 任陸軍歩兵少佐[1][2] 補近衛歩兵第3聯隊附[1][3] |
明治41年12月21日 | 補近衛歩兵第2聯隊大隊長[3][4] |
明治45年3月9日 | 補近衛歩兵第1聯隊附[4] |
大正3年8月10日 | 任陸軍歩兵中佐[5] |
大正4年2月15日 | 補歩兵第17聯隊附[6][7] |
大正6年8月6日 | 補高崎聯隊区司令官[7][8] |
大正7年7月24日 | 任陸軍歩兵大佐[5][9] |
大正9年5月12日 | 補歩兵第31聯隊長[8] |
大正10年7月20日 | 待命被仰付[10] |
大正10年11月1日 | 予備役[9] |
昭和3年4月1日 | 後備役[11] |
昭和4年10月22日 | 薨去 |
栄典
明治17年7月8日 | 授子爵[12] |
明治28年11月18日 | 明治二十七八年従軍記章[13] |
明治29年6月30日 | 勲六等瑞宝章 賜金100円[14] |
明治30年12月20日 | 叙正五位[15] |
明治35年12月20日 | 叙従四位[16] |
明治36年11月25日 | 勲五等瑞宝章[17][2] |
明治39年4月1日 | 功四級金鵄勲章(年金300円) 勲四等旭日小綬章 明治三十七八年従軍記章 |
明治45年時点 | 正四位[2] |
明治45年時点 | 大清帝国三等第二双龍宝星[2] |
大正9年時点 | 従三位[5] |
大正9年時点 | 勲三等瑞宝章[5] |
大正15年時点 | 勲三等旭日中綬章[9] |
昭和2年1月15日 | 叙正三位[18][11] |
昭和3年11月10日 | 金杯一箇 |
昭和4年10月22日 | 朝鮮昭和五年国勢調査記念章 |
出典
- ↑ 1.0 1.1 官報第7315号 明治40年11月14日(木曜日)
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 陸軍現役将校同相当官実役停年名簿. 明治45年7月1日調
- ↑ 3.0 3.1 官報第7648号 明治41年12月22日(火曜日)
- ↑ 4.0 4.1 官報第8615号 明治45年3月11日(月曜日)
- ↑ 5.0 5.1 5.2 5.3 陸軍現役将校同相当官実役停年名簿. 大正9年9月1日調
- ↑ 官報第760号 大正4年2月16日(火曜日)
- ↑ 7.0 7.1 官報第1505号 大正6年8月7日(火曜日)
- ↑ 8.0 8.1 官報第2332号 大正9年5月13日(木曜日)
- ↑ 9.0 9.1 9.2 陸軍予備役将校同相当官服役停年名簿. 大正15年4月1日調
- ↑ 官報第2692号 大正10年7月21日(木曜日)
- ↑ 11.0 11.1 陸軍後備役将校同相当官服役停年名簿. 昭和4年4月1日調
- ↑ 官報第308号 明治17年7月9日(水曜日)
- ↑ 官報第4178号 明治30年6月8日(火曜日)
- ↑ 官報号外 明治29年8月14日(金曜日)
- ↑ 官報第4343号 明治30年12月21日(火曜日)
- ↑ 官報第5842号 明治35年12月22日(月曜日)
- ↑ 官報第6123号 明治36年11月28日(土曜日)
- ↑ 官報第21号 昭和2年1月25日(火曜日)