有坂成章
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- ありさか なりあきら
- 有坂成章
- 陸軍中将従三位勲一等功二級男爵
- 砲兵
- 山口県
- 嘉永5年2月18日 - 大正4年1月12日
経歴
嘉永5年2月18日 | 生 |
明治15年4月28日 | 任陸軍砲兵大尉(初任) |
明治20年4月27日 | 任陸軍砲兵少佐 |
明治26年4月22日 | 任陸軍砲兵中佐 |
明治27年8月30日 | 野戦首砲廠長 |
明治28年5月17日 | 任陸軍砲兵大佐・砲兵会議審査官 |
明治28年7月29日 | 補砲兵第1方面本署長兼砲兵会議審査官 |
明治28年10月21日 | 兼補砲兵会議議員 |
明治28年11月28日 | 免兼砲兵会議審査官 砲兵会議御用掛兼勤ヲ命ス[1] |
明治29年6月6日 | 補東京砲兵工廠提理 |
明治31年4月26日 | 砲兵会議審査官 |
明治33年4月25日 | 任陸軍少将 |
明治36年5月1日 | 陸軍技術審査部長 |
明治39年7月6日 | 陸軍中将 |
明治44年6月15日 | 待命 |
大正2年1月15日 | 予備役 |
大正4年1月12日 | 薨去 |
栄典
明治22年7月15日 | 叙従六位[2] |
明治22年11月29日 | 大日本帝国憲法発布記念章 |
明治24年5月28日 | 勲六等瑞宝章[3] |
明治26年6月20日 | 叙正六位 |
明治28年11月15日 | 叙従五位 |
明治28年11月18日 | 明治二十七八年従軍記章[4] |
明治33年7月10日 | 叙正五位[5] |
勲二等旭日重光章[6] | |
明治38年7月20日 | 叙従四位[7] |
明治39年4月1日 | 功二級金鵄勲章 明治三十七八年従軍記章[8] |
明治40年9月21日 | 依勲功特授男爵[9] |
明治43年5月20日 | 勲一等瑞宝章[10] |
明治43年8月10日 | 叙正四位[11] |
大正2年1月30日 | 叙従三位(特旨)[12] |
大正4年1月11日 | 授旭日大綬章 |
出典
- 外山操『陸海軍将官人事総覧 (陸軍篇) 』(芙蓉書房、昭和56年)
- 官報第1938号 明治22年12月12日(木曜日)
- 官報第3627号 明治28年8月1日(木曜日)
- 官報第3699号 明治28年10月26日(土曜日)
- 官報第3883号 明治29年6月10日(水曜日)
- 官報第733号 大正4年1月14日(木曜日)
- 有坂成章 - Wikipedia
- ↑ 官報第3730号 明治28年12月3日(火曜日)
- ↑ 官報第1820号 明治22年7月24日(水曜日)
- ↑ 官報第2376号 明治24年6月3日(水曜日)
- ↑ 官報第4029号 明治29年12月2日(水曜日)
- ↑ 官報第5106号 明治33年7月11日(水曜日)
- ↑ 陸軍現役将校同相当官実役停年名簿. 明治36年7月1日調
- ↑ 官報第6618号 明治38年7月22日(土曜日)
- ↑ 官報号外 明治40年1月28日(月曜日)
- ↑ 官報第7272号 明治40年9月23日(月曜日)
- ↑ 官報第8073号 明治43年5月23日(月曜日)
- ↑ 官報第8142号 明治43年8月11日(木曜日)
- ↑ 官報第150号 大正2年1月31日(金曜日)