鮫島重雄
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- さめじま しげお
- 鮫島重雄
- 陸軍大将従二位勲一等功二級男爵
- 工兵
- 鹿児島県
- 嘉永2年9月6日 - 昭和3年4月17日
経歴
嘉永2年9月6日 | 生 |
明治4年 | 御親兵 |
明治6年1月 | 陸軍教導団入 |
明治6年6月 | 陸軍伍長 |
明治7年3月 | 陸軍士官学校生徒 |
明治7年9月 | 陸軍少尉試補 |
明治8年3月22日 | 任陸軍少尉 |
明治27年6月18日 | 陸軍工兵大佐・近衛師団参謀長 |
明治29年10月15日 | 中部都督部参謀長 |
明治30年9月28日 | 陸軍少将 |
明治33年4月25日 | 由良要塞司令官 |
明治35年5月5日 | 東京湾要塞司令官 |
明治37年9月3日 | 陸軍中将 |
明治37年9月5日 | 大本営附 |
明治37年12月1日 | 第11師団長 |
明治39年7月6日 | 第14師団長 |
明治44年9月6日 | 陸軍大将・後備役 |
大正5年4月1日 | 退役 |
昭和3年4月17日 | 薨去 |
栄典
明治22年11月29日 | 大日本帝国憲法発布記念章 |
明治24年12月28日 | 叙正六位 |
明治27年7月20日 | 叙従五位 |
明治28年11月18日 | 明治二十七八年従軍記章 |
明治28年12月14日 | 功四級金鵄勲章 勲三等瑞宝章[1] |
明治30年10月30日 | 叙正五位 |
明治35年12月10日 | 叙従四位 |
明治37年11月29日 | 勲二等瑞宝章[2] |
明治37年12月16日 | 叙正四位 |
明治39年4月1日 | 功二級金鵄勲章(年金1000円) 勲一等旭日大綬章 明治三十七八年従軍記章[3] |
明治40年9月21日 | 男爵 |
明治40年12月27日 | 叙従三位 |
明治44年9月30日 | 叙正三位[4] |
大正4年11月10日 | 大礼記念章[5] |
叙従二位[6] |
出典
- 外山操『陸海軍将官人事総覧 (陸軍篇) 』(芙蓉書房、昭和56年)
- 官報第391号 昭和3年4月20日(金曜日)
- 鮫島重雄 - Wikipedia