井田磐楠
ナビゲーションに移動
検索に移動
- いだ いわくす[1]
- 井田磐楠
- 陸軍少佐正三位勲三等功五級男爵
- 砲兵
- 士候13
- 東京府華族
- 明治14年2月24日 - 昭和39年3月29日
経歴
明治14年2月24日 | 生 |
明治34年11月22日 | 陸軍士官学校卒業(士候13) |
明治35年6月23日 | 任陸軍砲兵少尉 |
明治37年10月16日 | 任陸軍砲兵中尉[2] |
明治42年4月17日 | 任陸軍砲兵大尉[2] |
大正7年時点 | 陸軍士官学校教官 |
大正8年4月15日 | 任陸軍砲兵少佐 補野砲兵第13聯隊附[3] |
大正8年5月27日 | 依願予備役被仰付[4] |
昭和4年4月27日 | 貴族院議員(男爵議員) |
昭和7年4月1日 | 後備役 |
昭和11年4月1日 | 退役[5] |
昭和20年12月2日 | 戦犯容疑で逮捕指令 |
昭和20年12月12日 | 貴族院議員辞職 |
昭和22年9月 | 釈放 |
昭和39年3月29日 | 死去 |
栄典
明治45年2月10日 | 大清帝国三等第二双龍宝星佩用允許[6] |
大正4年11月10日 | 大礼記念章[7] |
大正11年4月10日 | 叙正四位[8] |
昭和4年8月1日 | 勲四等瑞宝章[9] |
昭和6年4月15日 | 叙従三位[10] |
昭和7年10月1日 | 朝鮮昭和五年国勢調査記念章[11] |
昭和15年8月15日 | 紀元二千六百年祝典記念章[12] |
昭和16年5月1日 | 叙正三位[13] |
出典
- ↑ 大正7年実役定年名簿でのフリガナは「バンナイ」
- ↑ 2.0 2.1 陸軍現役将校同相当官実役停年名簿. 大正7年9月1日調
- ↑ 官報第2008号 大正8年4月16日(水曜日)
- ↑ 官報第2043号 大正8年5月28日(水曜日)
- ↑ 官報第2801号 昭和11年5月7日(木曜日)
- ↑ 官報第377号 大正2年10月30日(木曜日)
- ↑ 官報第1311号 大正5年12月14日(木曜日)
- ↑ 官報第2904号 大正11年4月11日(火曜日)
- ↑ 官報第779号 昭和4年8月3日(土曜日)
- ↑ 官報第1317号 昭和6年5月23日(土曜日)
- ↑ 官報第2668号 昭和10年11月22日(金曜日)
- ↑ 官報第4438号 昭和16年10月23日(木曜日)
- ↑ 官報第4321号 昭和16年6月5日(木曜日)