面高俊雄
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- おもたか としお
- 面高俊雄
- 陸軍少将従四位勲三等
- 砲兵
- 士候14 砲工高14
- 鹿児島県
- 明治15年7月10日 - 昭和22年1月6日
経歴
明治15年7月10日 | 生 |
明治35年11月22日 | 陸軍士官学校卒業(士候14) |
明治36年6月26日 | 任陸軍砲兵少尉 |
明治41年12月19日 | 陸軍砲工学校高等科卒業(第14期) |
大正8年4月15日 | 補陸軍技術本部部員 大阪砲兵工廠宇治火薬製造所ニ在テ服務スヘシ |
大正9年8月10日 | 任陸軍砲兵少佐 |
大正10年7月20日 | 補野砲兵第10聯隊附 |
大正11年8月15日 | 補野砲兵第10聯隊大隊長 |
大正12年8月6日 | 補東京陸軍兵器支廠廠員 |
大正14年3月18日 | 任陸軍砲兵中佐 補野砲兵第8聯隊附 |
昭和2年7月26日 | 補第9師団兵器部長 |
昭和4年8月1日 | 任陸軍砲兵大佐 |
昭和5年8月1日 | 陸軍技術本部附被仰付 |
昭和7年8月8日 | 補野戦重砲兵第4聯隊長 |
昭和8年4月21日 | 免本職[1] 野戦重砲兵第9聯隊長 |
昭和9年8月1日 | 任陸軍少将・待命被仰付 |
昭和9年8月30日 | 予備役被仰付 |
昭和22年1月6日 | 死去 |
栄典
大正7年6月4日 | 中華民国五等文虎勲章佩用允許 |
昭和5年8月1日 | 叙正五位 |
昭和9年9月29日 | 叙従四位(特旨)[2] |
昭和15年8月15日 | 紀元二千六百年祝典記念章 |
出典
- 陸軍現役将校同相当官実役停年名簿 : 索引付. 昭和8年9月1日調
- 官報第1753号 大正7年6月7日(金曜日)
- 官報第2008号 大正8年4月16日(水曜日)
- 官報第2692号 大正10年7月21日(木曜日)
- 官報第3013号 大正11年8月16日(水曜日)
- 官報第3306号 大正12年8月7日(火曜日)
- 官報第3770号 大正14年3月19日(水曜日)
- 官報第173号 昭和2年7月27日(水曜日)
- 官報第1078号 昭和5年8月2日(土曜日)
- 官報第1151号 昭和5年10月29日(水曜日)
- 官報第1683号 昭和7年8月9日(火曜日)
- 官報第1891号 昭和8年4月22日(土曜日)
- 官報第2276号 昭和9年8月2日(木曜日)
- 官報第2301号 昭和9年8月31日(金曜日)
- 官報第4438号 昭和16年10月23日(木曜日)
- 「JACAR(アジア歴史資料センター)、野戦重砲兵第9連隊其他(臨時編成部隊)将校同相当官高等文官職員表 (昭和8年5月1日調)(防衛省防衛研究所)」Ref.C13070941900
- ↑ 昭和8年実役停年名簿・昭和8年4月22日官報ともに補職の記載はない。
- ↑ 官報第2329号 昭和9年10月4日(木曜日)