魚潭
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- ぎょ たん
- 魚潭
- 陸軍中将正四位勲二等
- 砲兵
- 士候11
- 朝鮮
- 明治14年5月7日 - 昭和18年7月5日
経歴
- 日本名「西川潭一」
明治14年5月7日 | 生 |
明治32年11月21日 | 日本陸軍士官学校卒業(士候11期留学生) |
光武4年7月17日 (明治33年) |
韓国陸軍参尉[1] |
光武8年4月5日 (明治37年) |
韓国陸軍砲兵副尉[1] |
光武8年7月25日 | 韓国陸軍砲兵正尉[1] |
光武8年9月22日 | 韓国陸軍参領[1] |
光武9年4月24日 (明治38年) |
韓国陸軍副領[1] |
光武10年10月18日 (明治39年) |
韓国陸軍正領[1] |
明治43年8月29日 | 韓国併合 |
明治43年 | 朝鮮駐箚軍司令部附 |
大正7年6月1日 | 朝鮮軍司令部附(改称) |
大正9年4月27日 | 任陸軍砲兵大佐[1] |
大正11年9月15日 | 任陸軍少将[1] |
昭和5年12月22日 | 任陸軍中将[2] |
昭和6年4月10日 | 待命被仰付[3] |
昭和6年8月29日 | 予備役[2] |
昭和6年 | 朝鮮総督府中枢院参議 |
昭和15年 | 「西川潭一」に改名 |
昭和18年7月5日 | 死去 |
栄典
昭和4年時点 | 従四位 勲二等瑞宝章 勲四等旭日小綬章 大韓帝国勲三等八卦章 大韓帝国勲三等太極章[1] |
昭和6年9月28日 | 叙正四位(特旨)[4][2] |