三宅俊雄
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- みやけ としお
- 三宅俊雄
- 陸軍中将正四位勲一等功四級
- 歩兵
- 士候17 陸大31
- 東京都
- 明治19年1月1日 - 昭和46年2月8日
経歴
明治19年1月1日 | 生[1] |
明治38年3月30日 | 陸軍士官学校卒業(士候17) |
明治38年4月21日 | 任陸軍歩兵少尉 |
大正5年12月9日 | 陸軍大学校入学 |
大正8年11月26日 | 陸軍大学校卒業(第31期) |
昭和4年8月1日 | 任陸軍歩兵大佐[1]・丸亀聯隊区司令官 |
昭和5年8月1日 | 歩兵第14聯隊長[2] |
昭和6年8月1日 | 補第11師団参謀長[2] |
昭和9年3月5日 | 任陸軍少将[1]・歩兵第15旅団長 |
昭和11年3月23日 | 陸軍戸山学校長 |
昭和12年3月1日 | 陸軍歩兵学校幹事 |
昭和12年8月2日 | 陸軍中将・陸軍歩兵学校長 |
昭和13年6月25日 | 第104師団長 |
昭和13年11月17日 | 参謀本部附 |
昭和14年12月1日 | 待命 |
昭和14年12月28日 | 予備役 |
昭和17年7月3日 | 任陸軍司政長官 叙高等官一等[3] |
栄典
明治39年4月1日 | 勲六等瑞宝章 明治三十七八年従軍記章[4] |
勲三等瑞宝章 | |
昭和9年3月1日 | 満洲国建国功労章佩用允許 |
昭和9年4月29日 | 功四級金鵄勲章(年金500円) 旭日中綬章 昭和六年乃至九年事変従軍記章[5] |
昭和15年4月29日 | 勲一等旭日大綬章 |
昭和15年8月15日 | 紀元二千六百年祝典記念章[6] |
出典
- 外山操『陸海軍将官人事総覧 (陸軍篇) 』(芙蓉書房、昭和56年)
- 官報第3037号 昭和12年2月19日(金曜日)