大串敬吉
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- おおぐし けいきち
- 大串敬吉
- 陸軍中将正四位勲二等功五級
- 歩兵
- 士候16 陸大27
- 佐賀県
- 明治14年4月21日 - 昭和34年6月11日
経歴
明治14年4月21日 | 生[1] |
明治37年10月24日 | 陸軍士官学校卒業(士候16) |
明治37年11月1日 | 任陸軍歩兵少尉 |
大正1年12月13日 | 陸軍大学校入学 |
大正4年12月11日 | 陸軍大学校卒業(第27期) |
昭和3年3月8日 | 任陸軍歩兵大佐[1]・歩兵第57聯隊長 |
昭和4年3月16日 | 陸軍戸山学校教育部長 |
昭和5年3月6日 | 第14師団参謀長 |
昭和7年8月8日 | 任陸軍少将[1]・歩兵第6旅団長 |
昭和8年8月1日 | 朝鮮軍参謀長[1] |
昭和10年12月2日 | 第3独立守備隊司令官 |
昭和11年4月28日 | 陸軍中将 |
昭和13年3月1日 | 参謀本部附 |
昭和13年3月25日 | 待命 |
昭和13年3月31日 | 予備役 |
昭和20年3月31日 | 補佐賀聯隊区司令官兼佐賀地区司令官 |
昭和34年6月11日 | 死去 |
栄典
大正4年11月7日 | 功五級金鵄勲章(年金300円) 勲四等旭日小綬章 大正三四年従軍記章[2] |
大正12年10月30日 | 勲三等瑞宝章[3] |
昭和10年時点 | 正五位 勲二等旭日重光章[1] |
昭和11年6月1日 | 叙従四位[4] |
昭和13年4月23日 | 叙正四位(特旨)[5] |
昭和15年8月15日 | 紀元二千六百年祝典記念章[6] |
出典
- 外山操『陸海軍将官人事総覧 (陸軍篇) 』(芙蓉書房、昭和56年)
- 「JACAR(アジア歴史資料センター)、第74号 昭和20年3月31日 陸軍異動通報(防衛省防衛研究所)」Ref.C12120937900