荻洲立兵
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- おぎす りゅうへい
- 荻洲立兵
- 陸軍中将従三位勲一等功二級
- 歩兵
- 士候17 陸大28
- 愛知県士族
- 明治17年1月24日 - 昭和24年12月22日
経歴
明治17年1月24日 | 生 |
明治38年3月30日 | 陸軍士官学校卒業(士候17) |
明治38年4月21日 | 任陸軍歩兵少尉 |
大正2年12月13日 | 陸軍大学校入学 |
大正5年11月25日 | 陸軍大学校卒業(第28期) |
大正14年4月11日 | 陸軍大学校教官 |
昭和2年7月26日 | 近衛歩兵第4聯隊附 |
昭和4年3月16日 | 陸軍歩兵大佐・歩兵第44聯隊長 |
昭和5年5月16日 | 第11師団司令部附(支那政府応聘) |
昭和6年10月22日 | 第1師団司令部附 |
昭和7年2月23日 | 留守第9師団参謀長 |
昭和7年4月11日 | 第1師団参謀長 |
昭和8年10月16日 | 陸軍少将・歩兵第9旅団長 |
昭和10年8月1日 | 台湾軍参謀長 |
昭和12年3月1日 | 陸軍中将・第2師団司令部附 |
昭和12年4月12日 | 第2師団留守司令官 |
昭和12年9月10日 | 第13師団長(~昭和14年8月1日[1]) |
昭和14年8月10日 | 第6軍司令官 |
昭和14年11月6日 | 参謀本部附 |
昭和15年1月26日 | 待命 |
昭和15年1月29日 | 予備役 |
昭和24年12月22日 | 死去 |
栄典
明治39年4月1日 | 勲六等瑞宝章 賜金180円 明治三十七八年従軍記章[2] |
昭和3年12月28日 | 叙従五位[3] |
昭和12年10月7日 | 勲二等瑞宝章[4] |
昭和14年10月26日 | 勲一等瑞宝章 |
昭和15年2月 | 叙従三位 |
功二級金鵄勲章 | |
昭和15年8月15日 | 紀元二千六百年祝典記念章 |
出典
- 外山操『陸海軍将官人事総覧 (陸軍篇) 』(芙蓉書房、昭和56年)
- 官報第4438号 昭和16年10月23日(木曜日)
- 「JACAR(アジア歴史資料センター)、陸軍中将宇佐美興屋外六名特旨叙位ノ件(国立公文書館)」Ref.A11114866600
- ↑ 田中靜壹中将が昭和14年8月1日第13師団長就任。
- ↑ 官報第7035号 明治39年12月10日(月曜日)
- ↑ 官報第625号 昭和4年1月31日(木曜日)
- ↑ 官報第3232号 昭和12年10月9日(土曜日)